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トリビア


シャルトルーズ
“シャルトルーズ”は、グルノーブルとシャンベリの間にあるフランスアルプス山脈の中にある広大な山地である。その名は、1084年、この地に設立された隠修士の修道会の名の由来となり、さらに修道士が製造するハーブ・リキュールの名前にもなった。
聖職者ケルンのブルーノ
ケルンのブルーノは1030年頃生まれ、若い頃に家を出てランス大聖堂付属学校で学んで博士号をとり、1056年に大学の教区牧師に任命された。
同時代の人々から優れた博識者のひとりと言われた彼は、自らの人生を神にのみ捧げたいと考え、それにふさわしい場所を探し始めた。するとグルノーブルの司教、聖ユーグと彼の6人の仲間が自身の教区にある山中はどうかとブルーノにもちかけた。
そして男たちはシャルトルーズの谷間の荒れ地に木製の小屋を建て彼らの修道院とした。しかし、ブルーノは自らが仲間の修道士たちの生きた見本となって修行をし、修道士のための戒律についていっさい文字に残さなかったため、カルトジオ修道院の戒律は後年まで作られることはなかった。
修道士として6年間生活した後、ブルーノはローマ教皇ウルバヌス2世より助言者になって欲しいとバチカンに召喚された。だがバチカンでの暮らしはブルーノにとって居心地のよいものではなく、たった数ヶ月しかいなかった。
そしてローマ教皇の同意を得た上で(イタリア)カラブリア州の森の中に新しい修道院を建て、そこで1101年に亡くなった。
修道院
カトリックにおいて修道の誓願を立てた修道士が共同で暮らす建物のことを修道院(cloister)と呼ぶ。(語源はラテン語のclaustra、またはclaustrum)
最も初期の修道院の記録は4世紀にさかのぼる。その当時でさえ、敷地は壁に覆われ、施設内には礼拝堂、食堂、台所、洗濯室、図書室、診療所、ゲストハウス、そして様々な作業場などがあった。
隠修士たちは決まった戒律を守り、自らを修道士と呼ぶ。彼らの修道院長は“父”を意味するアッバス(ラテン語)と呼ばれる。
房
修道士が暮らす房は、修道士の必要最低限の生活を保障しつつ、彼らが最大限ひとりでいられる空間を提供できるよう設計されている。
それぞれの房は庭に囲まれた小さな平屋建ての建物から出来ている。修道士は命ある限り、1日のほとんどをこの部屋で1人で過ごす。
シャルトリューズ・リキュール
グランド・シャルトルーズ修道院の修道士たちは、1605年に“長生きの万能薬”の製造方法を教えられた。
だが、醸造方法が極めて複雑だったことと、130種以上の材料を必要としたため、薬剤師が醸造法を正しく理解し、最初のリキュールを作り上げるまでに100年以上を要した。以来、今日でも、香草、薬草、花、根などから抽出された成分をワインと合わせて作られている。
やがて、アルコール度数が55%のこの緑色の万能薬は薬用としてよりも、人々が楽しむお酒シャルトリューズ・ヴェールとして飲まれるようになった。
そして1832年、コレラがフランスで流行した時、シャルトルーズは再び薬用として使われた。数年後、修道士たちは、アルコール度数が40%という、より飲みやすいハーブ・リキュールを開発した。これは、その色からシャルトリューズ・ジョーヌと呼ばれている。この酒は瓶詰めされる前にオーク材の樽の中で5年間熟成される。
1970年以降は民間企業で製造されるようになったが、その詳細な製造法(ハーブを混ぜる秘密の配合)は、現在でもシャルトルーズ修道院の修道士3人のみが知る秘伝となっている。
猫 シャルトリュー

フランスをその原産地とする猫の一品種。ロシアンブルーおよびコラットと並びブルー〔銀灰色〕の御三家と称される。
シャルル・ド・ゴールやコレットの寵愛を受けた猫でもあり、「ほほ笑み猫」という異称に加えて、「フランスの宝」「生きたフランスの記念碑」などの代名詞がある。その起源についてはシャルトリュー派の修道士が北アフリカから船で連れ帰ってきた猫の子孫であるとする説から、シリア出身の猫の子孫で

あるとする説、十字軍の時代に欧州に持ち込まれた猫の子孫であるとする報告までがあり、その名の由来については、フランスのカルトジオ修道士が生み出したシャルトリューズという名のリキュールにあるとする説や、18世紀前半のスペインの羊毛の名にあるとする説が提唱されている。
(Wikipediaより)